最近気になる出来事
今朝の一般紙にこんな記事が掲載されていた。東京近郊の団地の公園に看板のことである。その看板には、「近隣住民が早朝のラジオ体操の音で大変に迷惑しています。近隣の迷惑にならないようボリュームを絞ってください」と書かれていたそう。
この記事を読んだとき、最近の地域社会を象徴しているかのような出来事だと感じました。果たして、ラジオ体操の音がそんなに我慢できない音なのだろうか。確かに実際の毎日の音のボリュームも分からないし、特別な事情のある方から配慮があるのかもしれないが、ラジオ体操といっても時間にすれば、ほんの10数分程度でしょうし、当然、短時間であっても周辺への配慮は必要であると思う。しかし、地域社会においては、多少のことはお互いに譲り合う、我慢し合う、思いやり合う、そういった事が失われてしまうと、なんだかとても温かみのないぎすぎすした地域になってしまう気がしてしまう。
その反面、先般発生した町田市で起きた女子高生殺人事件では、悲鳴や物音を聞いていた近隣の方々は、結局、110番通報はしなかった。
聞き流していい音と、聞き流してはいけない音を、今の地域社会では本末転倒しているのではと、危惧をしているのは私だけだろうか。
人が人としての振る舞いを忘れているのではないだろうか。
考える力
若い世代の読書離れが言われて久しくなります。OECD(経済協力開発機構)の調査によると「趣味としての読書をまったくしない」日本の高校生は55%に上るとのことで、先進国の高校生で「ワースト1」だという。
実は読書離れは中高年にも及んでいて、読売新聞が10月中旬に実施した調査では、中高生を子に持つ人が多い40歳代で、この一ヶ月に本を読まなかった人は前年調査より7ポイントも増え44%、子どもよりも本を読まない大人が増えているのです。
読書離れは、人間の考える力を低下させます。かの哲学者パスカルは「人間は考える葦である」と叫んでいる。極言すれば、考えない人は人間でなくなるということ・・・。
読書は、人間をつくり、考える力を養う。公明党が読書の読み聞かせ運動に積極的に取り組んできたのは、子どもたちに最も大切な考える力を養う、そのためである。
「環境を破壊するのは人間であり、環境問題の相手は人間である」とアルピニストの野口健氏が語っていたことを思い出した。事実と真実は異なることを「考える力」で判断できる、善悪を見極めるその力が一人一人に必要なのではと思う。




